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2017年8月27日 (日)

悲しい出来事が………

■ エルヴィス・ファンの仲間から悲しい知らせ ■

エルヴィス・プレスリーの大ファンの一人である鈴木一彰氏が逝去されました。

彼はファンであるのみでなく、積極的に以前にはELVIS PRESLEYのファンクラブの会報の編集に携わり、映画祭のときなどには司会もし、僕と出会ったときには解散の危機にあったエルヴィス・プレスリー・ファン・クラブを復活させ、真実のエルヴィスの姿を日本に示す為に多大な尽力をされてきた人でした。

【2010年 エルヴィス復活祭】
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・写真は2010年2月14日(日)エルヴィス復活祭のとき
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【エルヴィスを夢見て】
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・日本においてエルヴィス・プレスリーはどのようにスターになっていき、
 扱われて来たのかを描いた鈴木一彰氏の著書「ELVIS を夢見て」
 2005年4月1日初版発行 愛育社

【別冊太陽 THE KING OF ROCK'N'ROLL】
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・この「別冊太陽 THE KING OF ROCK'N'ROLL」は、赤沢忠之 /鈴木一彰
 二人の監修になっている。
116Pからの鈴木一彰氏の記事「映画に“登場”したエルヴィスたち」は、
 ①エルヴィス・ファンが登場する映画
 ②意外なところにエルヴィスが登場
 ③エルヴィスの歌が流れてきた映画  などが紹介されている。
初版本 1999年10月10日発行 ㈱平凡社

【THE ELVIS No.123 号】
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・EPFCJ(ELVIS PRESLEY FANCLUB OF JAPAN)の赤沢さんが会長だった頃
 1980年8月3日の発行のファンクラブ誌
 当時は「鈴木一彰」ではなく「鈴木三雄」という名前だった。
 


【EPFCJの会報に登場する一彰氏】
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・EPFCJの会員として会報のNo.123辺りから登場する鈴木一彰氏(三雄氏)ですが、No.125号から編集者として会長から認められ、一緒に会報の編集に携わるようになったようです。


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・ELVIS PRESLEY FANCLUB OF JAPAN の会員として登場し、会長とともに会報の編集の仕事をするようになる鈴木一彰(三雄)氏。イラストが上手かったようで、彼の愉快なイラストが随所に登場します。1980年12月7日発行のNo.125号より

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・No.127号の会報では若者たちをもっと「エルヴィス狂」にしようと、ファン・クラブに誘い込む鈴木一彰氏の姿が見て取れます。1981年4月5日発行のNo.127号誌より

【救済委員会の立ち上げ】

話はいきなり飛んでしまうのですが、僕が鈴木一彰さんと出会うのは2009年になります。

 
   

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コメント

私は八月二十四日に知りました。
キンクレの集まりは内容が濃く良かったです。
その後の飲み会も楽しかったです。
今はエルヴィス・ナウしかありません。

投稿: 八 | 2017年9月10日 (日) 09時29分

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