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ELVISのキャンプ三昧

ELVISの醒めたELVIS論

近隣の野鳥

  • 20100305 カワラヒワ
    近所の農業用水路や公園、並木道、参道などを 散策したときに見かけた野鳥を撮影してみました。

我家の野良猫ども

  • 20040524_14
    いつの頃からでしょうか。もう忘れてしまいました。 我家に野良猫が集まるようになりました。 それ以来、メス猫が子供を産み、その子供がまた子猫を生み、更 にまたその子供が子供を生みして4代に亘る野良猫の親子どもが、時折餌を求めて我家に遊びに来ます。 その一風景を撮ってみました。 2004年5月の撮影です。

畑 正憲の本

  • 005
    畑 正憲の本が結構手元に残っていました。かび臭く、ページは日焼けしており、ページによってはぴったりと引っ付いてしまっている部分があったりと保存状態はあまり良いとはいえませが、とても捨てられなくてゴミを落として空気に晒してかび臭さを払い除けてみました。

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2006.01.06

三浦敬三さん死去の記事

■僕もスキーが大好きだった■

 新聞を読んでいたら、「三浦敬三さん死去」の見出しが目に入った。

 えっ、と思いあわてて記事を読んだ。あのプロスキーヤーの三浦雄一郎さんのお父さんであることを確認して、ふううとため息が出た。101歳だったそうだ。

 自分のスキーに夢中だった時代の事が脳裏を走った。

 北海道の帯広に住居があった頃、父に連れられて、汽車に乗って何十分か行った小山のスキー場で滑ってたのが初めてだったと思う。苫小牧にいた頃は、アイスホッケーが冬のスポーツのすべてだったから、スキーの醍醐味にすぐに魅せられてしまった。

 ゴム長靴を木製のスキー板に取り付けて滑る時代だった。リフトなどもまだなく、全身汗びっしょりになって板を担いで斜面を登るか、「二」の字を書いて斜面を登ると、頂上から一気に直滑降で滑り落ちてしまうだけのシンプルな滑走だったけど、楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 慣れてくると、逆「ハ」の字を書いて斜面を登れるようにもなった。アイスホッケーをやっていた所為か、比較的斜度の低いところでならスキー板でスケーティングが出来るようになった。

 頂上から一気に滑り降りるだけで、「八」の字を書いてボーゲンなどはまだ出来なかったけど、あのスピード感、斜面の凹凸に応じてスキー板から伝わる激しい振動が快感だった。近くの放牧場で生の乳を暖めて飲ましてもらったときの美味いこと、美味いこと。

 もうスキー板を履かなくなって何年だろう。

 ご冥福をお祈りします。

 

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» 三浦敬三さん逝く [七五白書 (しらけないために)]
 日本スキー界の草分け三浦敬三さんが101歳で5日未明、見事な人生のシュプールを描いて昇天しました。冒険スキーヤーの三浦雄一郎さんの父として知られ、敬三さんも喜寿でアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ、3年前には白寿(99歳)で長男と孫の親子3代でモンブラン氷河を走破しました。豪雪の青森で生まれた敬三さんは雪をわが物として1世紀を生きた偉大なる老人の一人ででした。  「高齢者」は増えるが、「老�... [続きを読む]

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