最近のトラックバック

2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

ELVISのキャンプ三昧

ELVISの醒めたELVIS論

近隣の野鳥

  • 20100305 カワラヒワ
    近所の農業用水路や公園、並木道、参道などを 散策したときに見かけた野鳥を撮影してみました。

我家の野良猫ども

  • 20040524_14
    いつの頃からでしょうか。もう忘れてしまいました。 我家に野良猫が集まるようになりました。 それ以来、メス猫が子供を産み、その子供がまた子猫を生み、更 にまたその子供が子供を生みして4代に亘る野良猫の親子どもが、時折餌を求めて我家に遊びに来ます。 その一風景を撮ってみました。 2004年5月の撮影です。

畑 正憲の本

  • 005
    畑 正憲の本が結構手元に残っていました。かび臭く、ページは日焼けしており、ページによってはぴったりと引っ付いてしまっている部分があったりと保存状態はあまり良いとはいえませが、とても捨てられなくてゴミを落として空気に晒してかび臭さを払い除けてみました。

« 闘病と看護 | トップページ | 2005年1月のキャンプ前夜祭 »

2004.12.16

父 永眠

12月15日午前2時37分、父は家族に見守られて他界しました。
80歳でした。

涙は出ませんでした。
むしろほっとしたというのが本当の気持ちです。

安らかな顔に戻り、死んでくれてよかった、本当によかった。

今、ようやく父は病気による激痛から救われました。

13日、仕事を終え帰宅すると、妻のメモがテーブルに残されていました。
「お父さんが危篤です。先に病院に行ってます。」

ついに来るべきものが来たかと思いましたが、やはり焦りました。
病院に行くと、長男と妻、そして母が居ました。

父は、激痛に攻め立てられて喘いでいました。
意味の解らない声を発し、目は中空を睨み付けていました。
もう目は見えていないハズです。

痛み止めの注射を打ってもらい少し落ち着いた父を見て、一旦家に戻り
ました。看護婦さんから「誰か、今夜は付き添ってあげてください」と言
われ、母は朝から父の看護をしていたので夜は僕が付き添うことにしま
した。

夕方、泊り込みの支度をして病院に行き、母と交代して父の病室に残り
ました。

痛み止めの薬は約2時間で切れました。
担当の先生から以前に説明を受けていました。
「痛みがだんだん増していき、痛み止めの薬は次第に効かなくなります。
痛み止めの薬が効かなくなった時点で、別の方法で痛みを取りますが、
その時にはもう口が利けない状態になります」

痛み止めの薬の有効時間が次第に短くなっているのを感じていました。
父の病室のあるフロアは、重症患者がほとんどで夜になると数の少な
くなった看護婦さんたちが忙しそうに駆け回っていました。ナースセンタ
ーの呼び出しベルが、ひっきりなしに鳴っているのを聞きながら、苦痛
で顔を歪める父と二人きりで病室に居るのが嫌で嫌で堪りませんでし
た。

頼む、頼むから、この世の誰でもいい、この父の苦痛を取り除いてあげ
てくれ。神よ、仏よ、どの神でもいい、とにかく父を楽にしてあげて欲し
い。そう心の中で叫び続けました。

「うむ....まああーーーーーーーーーー」
父は激痛に耐えられず、意味の解らない奇声を発しました。深夜の病
院のフロア中に響き渡る大きな悲痛な声でした。

看護婦さんがやって来て「どうしました?痛みます?」と、父の表情を
窺いました。
「苦しいらしいのです」
「そうですか」
看護婦さんは血圧、酸素、脈拍などを調べ、「あまり状態が良くないの
で薬は使いたくないのですが.......」と言って、迷っている様子
でした。
「お願いします、苦痛を和らげてやってください」
「じゃあ、お薬、打ちましょうね。今準備してきます」

注射を打ってしばらくすると父は静かに眠りました。
その間父の背中に手を当てて、さすってやりました。
時々、痛みがぶり返すらしく、顔をしかめます。
父の背中に手を当ててゆっくりと擦りながら、父と話をしました。
もちろん、父には聞こえていないと思いながら。

「お父さんは怖い人だったね。怒ると口より先に手が出る人だった。
あっという間に僕を担ぎ上げて、コンクリートの上に叩きつけようとし
たんだ。確か、小学校の1年生ぐらいだったかな。慌てて母が止め
に入ったので僕は助かったけど、母が止めなかったら、たぶん本気
で投げられていただろうな」
父は、それに相槌を打っているように唸っていました。

「お父さんは、よく夜中に酔っ払って帰ってきたよね。しかも会社の
人たちを連れて。家に上げてさ、なんか出せってお母さんによく言
っていたよね。お母さんは準備も何にもしていないんだから、何も
ご馳走なんてないわよ、って困っていたっけ。それが毎晩のように
続いたよね。あれが子供心に嫌で、嫌で、お父さんのことがあの
頃は大嫌いだった」

「僕がさ、大学受験に失敗したとき、おとうさん、お前のことが心配
で、心配でたまらん。こんなことにくじけるなよ、と涙目になりながら
僕に話したの覚えてる?あの時、初めて、この親父、俺のことを本
当は心配してくれていたんだとわかって、ものすごく嬉しかったよ」

父の背中に手を当ててゆっくりと摩りながら、父との思い出を語り、
父の苦しみを和らげようとし、見るに見かねて耐えられなくなる自
分の気持ちを鼓舞していた。

左肺にクモの巣状態で巣食う悪性の細胞が右のリンパと骨に転
移し、それが血管を圧迫して血流を悪くしていた。右手がパンパン
に膨れ、肩こりを起こし酷い苦痛になっているらしかった。

右足は骨と皮だけ。

病院に見舞いに行くたびに父の頬が痩せ細っていくのがわかりま
した。床ずれを起こして背中がうっ血していました。シーツに血が
にじんでいます。

何故なんだ。
人生をこれほど真っ正直に生きてきた人なのに。
僕には怖くて近づきがたい人だったけど、芯の強い、正義感に溢
れる人間だったじゃないか。
間違ったことが大嫌いだった人に、何故こんな仕打ちをするのか。
誰かを呪いたかった。

酷く疲れを感じて椅子に座り込み、うとうととしました。
薬の効き目が薄れてきたのか、やがて父の唸り声がまた聞こえ
るようになりました。病室から逃げ出したかった。
早く、朝になれ。
母と交代したい。

もう自分で痰を吐き出す力も無く、看護婦さんが吸入器を鼻から
入れて痰を吸いだしました。父にはそれが辛いらしく、左手で看
護婦さんの手を払いのけようと抵抗します。
「ごめんね、ごめんね、もうすぐ終わりますからね」と、父に話しか
けながら痰を吸引します。

「うむ........まあああ.......」
わけのわからない悲鳴で苦痛を訴える父。
朝、母と妻が病室に来るまでの間、僕も酷く消耗しました。

神様、お願いだから早く父を楽にしてあげて。


« 闘病と看護 | トップページ | 2005年1月のキャンプ前夜祭 »

コメント

ELVISさん、こんにちは(^^)/

 お父様の御逝去、謹んでお悔やみ申し上げる
とともに、御冥福をお祈りします。

 子が親を看取るのが順序であり、自然の摂理
だと言いながらも、家族を失う寂しさは耐えが
たいものがあるでしょう。心中お察し申し上げ
ますとともに、またキャンプで一緒に楽しめる
日を心待ちにしております。

トリトン

ELVISさん、こんばんは!しもです。

お父様には、ご養生の甲斐もなくご逝去なさったそうで、皆さまのご胸中はいかがなものかと、お察しいたします。

今度平日でお会いした際には、焚き火を囲んで飲み明かしましょう。。。。

お父様のご冥福をお祈りいたします。

エルビスさん、何と申し上げてよいのやら言葉が見つかりません。

今度、ゆっくり焚き火を囲んで思いで話を聞かせてください。

お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

                 けんち

ELVISさん・・
お父様のご冥福をお祈りします。

来週来られるのであれば、とことんつきあいます。

ELVISさん

なんとも言葉がみつかりません・・・
お父様のご冥福をお祈りいたします。

ELVISさん、お父上様のご冥福お祈り申し上げます。

いつもの書き込みとは違い言葉が見つかりません。

胸中お察しいたします。

落ち着きましたらゆっくりとキャンプしましょう。

ELVISさん、こんばんわ。

とうとう旅立ちの時が来てしまったんですね・・・。
生きる全ての者にとって 迎えなくてはならない事。

とても寂しくて残念で哀しい事ではありますけれど、故人の分も幸せに元気で生きて行く事が、
残された人達の使命のように思います。
早く元気なELVISさんの笑顔を見たいナ。

謹んで お父様のご冥福をお祈りいたします。

すいません。
パソコンが大不調で「インターネット接続できません」と
出てしまい、しばらくアクセスできませんでした。
マトコメで申し訳ありませんが、皆様からの弔辞に感謝いたします。
15日に亡くなり、16日に火葬いたしました。
故人の希望で葬儀は執り行わず、家族だけでお別れ会をしました。
今は悲しみよりも父の病との壮絶な闘いが
終わったことに家族一同ほっとしております。

それよりも残された母へのケアの方が大変です。
遺族年金の手続きだけでも、とても疲れました。
まだまだ、終わっていません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43132/2286237

この記事へのトラックバック一覧です: 父 永眠:

« 闘病と看護 | トップページ | 2005年1月のキャンプ前夜祭 »